銀の風

序章・大山脈を越えて
 ―1話・始まりは銀―



ルーン族の国・リア帝国。
人間達には知られていない場所にあるかの国は、召喚士たちの国である。
そこから失踪した帝国の長・召帝と、「鍵」を探しに旅立った者達が居た。
「おいリュフタ、ほんとにこっちで合ってるのかー?」
銀髪の少年が、いぶかしげに振り向く。
炎のように赤い眼と銀色の髪の少年、リトラ。
ルーン族の少年で、見た目で人間と同じように年を換算すると7歳だ。
しかしルーン族は長命なため、実年齢は見た目の約3倍。つまり21歳である。
その容姿は人目を引くが、故郷のリア帝国では銀髪そのものはさほど珍しくはない。
ただ、リトラのようにくすんでいないものは多少珍しいものとされる。
「リトラはん、そないな事をうちに聞かんといて……。」
そういってため息をついたのは、
彼のお供兼お目付け役である、光属性の中級幻獣・リュフタ。
ウサギとリスをあわせたような小柄な体で、関西弁っぽい喋りの幻獣だ。
ふわふわと宙に浮きながら移動する力があるが、
幻獣とは言っても強力な攻撃技を持たない支援系の幻獣である。
そんな彼らは、冒険者として旅をしていた。
資金調達のために人から小さな依頼を受けながら、目的のものを探しているのだ。
「だってよー、霧ばっかで回り見えねーし。」
周り中を覆う白い霧を見ながらリトラがぼやく。
現在彼らが居る場所は、バロン・トロイア・ダムシアンの3国の国境に横たわる大山脈だ。
山脈にそびえ立つ数々の高い峰は、
その頂上からなら空に手が届くのではないかと思える程という。
この中にはいくつも小規模な集落があり、
召喚士で有名だったミストの村も、ダムシアン方面に行けば存在する。
「ねー、本当にセシルお兄ちゃんに会えるの?」
話に割り込んできた少年はフィアス。まだ4歳で、人間とカーシーのハーフである。
緑の目に種族固有のピンク色をした髪は、果物や花のような取り合わせだ。
当然幼児体型なので手足も細く、
少食にしか見えないが人間の大人を遥かにしのぐ大喰らいである。
リトラとリュフタに、養父であるバロン王セシルを探す依頼をした人物だ。
聞く所によると、セシルが朝起きたら急に居なくなっていたとか。
そこで、たまたま城下町をうろついていた彼らに依頼をしたのだ。
「だーいじょうぶやって!心配せんと、うちらに任しとき!」
フィアスの不安を吹き飛ばしてしまおうと、
リュフタは自信ありありといった様子でどんと胸を叩く。
「うん、わかった!」
心配事がリュフタの意図どおり吹き飛んだのだろうか、
フィアスはぱぁっと明るい笑顔になった。
子供らしい明るい笑顔は、リュフタの心を和ませる。
「単純だなお前。」
そこに横から入った嫌なセリフ。
本人は声を潜めもしなかったため、ばっちりフィアスに耳に入った。
「むーひどいよ〜!」
折角直りかけた機嫌も、今のリトラの一言で台無しである。
あっという間に口をへの字に曲げていじけてしまった。
「リトラはんのアホーー!!」
リュフタが切れた。こちらも、和んでいた気分はどこかに吹き飛んでいる。
折角の気遣いを台無しにされては当然だろう。
「ほんとの事じゃねーか。
ところでよー、マジでこの山をこえるのか〜?」
濃霧で姿が隠された山を見上げながら、怪訝そうな顔でリトラが呟いた。
この辺りはとても霧が濃いので、山はふもとの方しか見えない。
「そや。この山はフォッグ山って言うてな、
気の遠くなるくらい昔っからずーっと霧に包まれてるそうや。
前が見えへんから危ないんやけど、
ここを通るのが一番近いし道もわりと楽やからなぁ……。」
今彼らがいるところが、そのフォッグ山のふもとだ。
ここはミストドラゴンが住む場所といわれていて、
近くにあるミストの谷と同様、常に濃霧で覆い隠されている。
そしてリトラ達の目的地はトロイア方面。
あちらの方に、フィアスが探しているセシルが向かったらしい。
視界が利かずかなり危険なのだが、急いでいる以上ここを越えなければ近道はできないのだ。
「ここに登らないと、お兄ちゃんに会えないのかぁ・・」
霧で見えない山は、幼子の不安を掻き立てるには十分だ。
別に彼でなくても、登るとなると二の足を踏みたくなるだろう。
「そーだよ。ほら、とっとと行くぞ!」
だが、旅慣れている上に気が強いリトラはこの程度では動じない。
日が暮れてしまう前に、少しでも早く目的に近づきたいのだろう。
せかしてみたとはいえ、1m先も不明瞭な状況下だ。
ほぼ確実に、思うようには進めないだろう。急げば自滅を招くのが関の山だ。
「リトラはんもフィアスちゃんも、足元に気ぃつけてな。
それと、うちが大丈夫って言ったところしか歩いちゃだめやで。危ないからな。
後、うちより先に行くのもあかんのや。ええな?」
登り始める前に、特にフィアスにしっかりと言い聞かせておく。
依頼人の安全を守るのが護衛のもっとも大事なことだ。
怪我は勿論、魔物に襲われたり崖から落ちて死んでしまうなどはもってのほか。
「うん、気をつける!」
「とか言いつつ、こけんなよ。」
張り切っているフィアスに、リトラが即座につっこみを入れた。
張り切るのはいいが、張り切りすぎてへまをやらかされては困る。
リトラ達は慎重に歩いていくことにしたが、
周り中濃霧に覆われているので視界は非常に悪い。
先や周りが見えないと言うことは、それだけ足元も危ういと言うことだ。
もしも崖に落ちれば命はない。
「もっかい言うけど、うちが前で道があるかどうか調べるさかい、
絶対うちより前に出たらあかんで。」
たとえ崖があっても、リュフタならば浮けるので落ちる危険はない。
いつもより低い所に浮いて、尾で地面を探っている。
「モンスターにも気をつけるんやで、リトラはん。」
「おめーこそ、へますんじゃねーぞ。」
そして、ゆっくりと慎重に道を進んでいく。
いらいらしてくるペースだが、崖から落ちたくないので仕方がなかった。


―洞窟―
歩き始めてから、3時間あまりが過ぎた。
あたりが暗くなりかけたとき、何とか一行は山の中腹の小さな洞窟を見つけた。
「ふ〜、今日はここで寝れるな。」
山歩きで疲れたらしく、本当にほっとしたような声をリトラがあげた。
「ぼく、もうくたくた〜!」
フィアスは、言うが早いかペタンと座り込んでしまう。
道中は休み休みだったが、それでも疲れが溜まっていたのだろう。
その隣で、リトラは袋から毛布を引きずり出す。
「飯食ったら、とっとと寝ちまおーぜ。」
毛布をフィアスに放った後、大きな鍋の中に途中で遭遇したモンスターの肉を入れる。
それから、それをそのまま火にかけた。
あいにく鉄板も串も持ち合わせていないので、フライパン代わりにするのだ。
鍋はひとつあると便利だ。
「そやな、フィアスちゃんもえらい疲れとるし。」
火を絶やさないよう、薪をくべながらリュフタが答えた。
それにしても、山脈の他の山よりは楽といっても、この山は険しい。
わずか4歳の子供が、ここまで来れただけで奇跡と言っても過言ではないだろう。
途中、リュフタの提案で幾度も休憩を入れたのだが、
それでも険しい山道を登ることはたやすいことではない。
「あ、パンはどこだ?えーっと……」
「それかいな。今うちが実家から持ってくるさかい、ちょいと待ってんか〜。」
そう言って、リュフタはいったん幻界の家に戻っていった。
空間が揺らぎ、生じた隙間に入り込んで消える。
「いっちゃったね、リュフタ。でも、どこに行ったのかな〜?」
「幻界。あいつら幻獣がすんでる世界だよ。
あいつ、なんもねー時は自分ちの食いもんもって来るんだぜ。」
リトラの言葉を、フィアスは興味津々といった顔で聞き入る。
話しに興味を抱かれることに悪い気はしないのだろう、リトラはさらに話を続けた。
「でな、幻獣にも強いのと弱いのがいてよ、
弱いのはあんまり長い時間こっちに居られないんだと。」
「ふ〜ん、どうして?何か悪い事があるの?」
興味心を煽られ、続く言葉を今か今かと待ち望む。
リトラは、もったいぶらずに説明を続ける。
興味津々で話を聞いてもらえれば、悪い気はしないのだろう。
「ん〜、『人間界は幻界より魔力が少ないから、弱い幻獣は体力がもたない』だと。
何でかは……忘れちまった。」
召喚獣全書という本を見れば出ているのだが、
あいにくかさばるような大きな本は持っていない。
それっきり、2人共黙って焚き火の火を眺めていた。
話すネタが切れたのもそうだが、何より二人とも空腹でこれ以上喋りたくなかったのである。
肉が焼けるには、まだまだ時間がかかる。


そして、三十分ほどたっただろうか。
もうじき、リュフタが食料を携えて戻ってくる。
明日はこの山を下山し、山脈のトロイア側に出る予定だ。
そう上手く行くとも限らないが、もたもたしてはいられない。
リトラとしては、早く仕事を終えて報酬を得たいのだから。



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都合上、手直しは2度目(2005/11/14現在)。
今見ると、文がいまいちだったので手直しを。それとレイアウトも微妙に後のものと揃えました。
セシルが何の用事でトロイアに行ったのかは、それなりに後のほうで明らかになります。
いきなり山越えから話が始まっている辺りとか、
今見ると色々と無理矢理というか、荒いです。